• 管理者ページ
  • 古典・現代文を解りやすく解説してしまう、少し変なサイト 日記文学・平安

    ~ボツヂル古文・漢文・現代文~

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    スポンサー広告 | --/--/--(--) --:--:--

    土佐日記・帰郷

      
    060120_002387_1.jpg

    ピンポイントでいく。

    「家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり」
    (家だけではなく)家を預けておいた人の心も、あれはてていたんだなあ。

    古典の訳は、すこし変に感じても、文法を意識して訳すほうがいい。
    特に初学者は、意訳をさけたほうがいい。

    「中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり」
    仕切りの塀はあるが、ひとつの家のようなものだから(と言って)、(お隣さんが)望んで預かっていたのだ。

    「今宵、かかること と声高(こわだか)に、ものも言わせず」
    (出張先から帰ってきた)今晩、こんなこと(に出くわす)なんて(あんまりじゃないか)、と(従者に)大声で文句を言わせたりもしない。

    061210_003664_2.jpg

    ここらへんが、特に分かりづらい箇所だろう。
    貴族は基本的に、マネージャーや衣装係や、その他の係と共に行動する。
    貫之も、団体で旅をしてきたわけだ。
    従者のなかには、乳兄弟とかで、親友のような間柄もあったりする。

    彼らは、口々に「あ~ヒドイ」とか言っている。その中のひとりがキレて、「近所にも聞こえるように、わざと大声で文句を言ってやりますよ」などと言い出したのかも知れない。
    「よせよ、お隣さんは確かに薄情なヤツだが、家の管理を頼んだんだから、礼はしようと思っている・・・」
    貫之は、怒りや落胆を胸にしまった。
    2月の、月が明るい夜だった。

    061210_003664_1.jpg

    必ず問われるのが「中垣こそあれ、~」の文法だ。

    「係り結び」の「結び」は、文の終わりという意味。
    ところが、そこで文が終わらず、続いていくパターンがある。
    これを「係り結びの流れ」という。

    めんどうな事はない。
    「こそ~已然形」で文が終わっていなければ、「逆説的に訳す」だけの話だ。
    中垣があるからこそ、ではなく
    中垣があるのだが、となるわけだ。

    以下、つづく・・・

      
    スポンサーサイト
    日記文学・平安 | コメント(1) | 2007/06/04(Mon) 17:43:24

    『更級日記』

      

    220142_1178979024.jpg

    (菅原孝標女を演じるなら黒川芽衣かな)


    「更級日記」は、源氏物語に憧れ続けた少女時代から、夫と死別して尼生活を送る40年間のことを

    回想して書いた、美しい作品だ。

    大学生の時、「更級日記」を講義していた教授が、いつもこの本を懐に抱きしめるようにして

    歩いておられたが、その気持ちはよくわかる。

    平安文学を読んだ中で、一番いとおしい気持ちにさせてくれたのは、この作品かも知れない。


    登場人物は「母なる人」とか「姉なる人」といったように固有名詞をさけて表される。

    日常生活の中に、夢や幻が、美しく・はかなく交錯していく文学少女日記だ。

    ひとつ忘れてはならないこと(テストには何故か出ない)は、「更級日記」の成立年代と、

    仏教でいう「末法到来」が重なっているということだが、

    この話は長くなるので、後に譲る。


    220142_1178979472.jpg


    さて、作者が念願の「源氏物語」を手に入れる件( くだり )は、いつ読んでもすばらしい。

    「源氏の50余巻、ひつに入りながら・・・得てかへるここちのうれしさぞ、いみじきや。

    はしるはしる、わずかに見つつ、心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、

    人もまじらず、几張のうちに打ち伏して、ひき出つつ見るここち、后の位も何かはせむ」

    スピード感のある名文なので、暗誦することを薦める。意味は、ふたとおり考えられる。

    「源氏物語五十四帖、櫃に入ったままそっくり・・・手に入れて帰るときの嬉しさは、

    たいへんなものだった。

    (今までは) 飛び飛びに、読み読み (笑)して、話の筋も納得いかず、

    じれったく思っていた源氏を、第一巻から

    たった一人で、几張の中で寝転んで、櫃から取り出しながら読む心地は、

    皇后の気持ちも何するものぞだ」

    あるいは

    「・・・はやる心で、ちらちら見ながら・・・(はしるはしる、わずかに見つつ)のところだぞ。」


    面白いことに、この文学少女は「夕顔」や「浮き舟の女君」がお気に入りだ。

    源氏に登場する女性の中でも、特に薄幸な、この二人のようになりたい、みたいなことを すぐあとに書いている。

    今風に言えば、

    「出生の秘密があって、難病にかかっていて、結ばれざる人に恋している大映ドラマのような

    ヒロインになりたい」というわけだ。

    天皇の后よりも悲劇のヒロインを選ぶのが作者・菅原孝標女(たかすえのむすめ)らしい。

    ただし、末摘花(すえつむはな・ブスだったんです><;)を出さないところなどは、しっかり少女してい

    る。


    220142_1178629488.jpg

    (姉妹で大切にしていたネコ殿は、屋敷とともに夜の火事で亡くなってしまうんだ。

    全体に末法の無常観が流れる傑作文学だ)


    源氏を手に入れた時、彼女は、夢に出てきた黄色い袈裟を着た僧侶に

    「そんなものを読んでいないで、女人成仏を説いた法華経巻きの五を読みなさい」

    と諭されるが、物語に夢中になって従わなかった。

    彼女は「いと、はかなく、あさまし」 (とっても他愛もなく、あきれ果てた少女時代だった)と回想して

    この章の締めくくりにしている。


    ////////////////////////////////////////////////////////////////////////
    日記文学・平安 | コメント(0) | 2007/05/25(Fri) 17:12:27

    『土佐日記』 ・ 「門出」


    99010358.jpg



    『土佐日記』 を理解するにはコツがいる。

    ひとつ目は、平安前期には、まだ「かな文字文芸」が認められていなかったため、

    紀貫之はギャグを連発し、茶番劇を装ってリリースしたということ。

    これが分かっていないと、冒頭から読み間違う。


    「おとこの人も書くトカ聞いてる(かな書きの)日記というものを(ゲラゲラ)

    おんなも、やってみようと思って、やるんだよ(ゲラゲラ)」

    この書き出しの構想には、ずいぶん苦労したと思う。

    普通なら男子たるものが、日記を仮名書きで書くというだけで眉をひそめられた時代である。

    どうしたら、批判をかわして受け入れられるのか。

    貫之は、ギャグを使うことにした。

    そして、成功するのである。


    「古今集の編集長は、お笑い系の人だったんだ~」

    はじめは、それだけの認識しか、なされなかったかも知れない。

    だが貫之の英断は、のちの「蜻蛉日記」や「和泉式部日記」を生む土壌を作っていくことになる。


    二つ目は、ギャグ日記の体裁を取りながらも、『土佐日記』の中軸を成しているのは、

    出張先の土佐で亡くした女児を想う気持ちだという事。

    当時の常識では、男が書くべき内容ではない。

    この無常観は、のちに「もののあはれ」となって『源氏物語』で大輪となって花開く。


    sloopy028.jpg


    さて、本文を少し読んでみよう。


    「それの年の師走のはつか余り、ひとひの日の戌の時(夜の8時)に門出す」


    出発したのは、夜8時、オカシイと思った人は気が利いている。

    電灯もなく、夜行バスもないのに、何が悲しくて冬の夜に出発しなければなかっったのか?

    そう、これは「方違へ」(かたたがえ)といって、出先が不吉な方角に当たる場合、

    仮の宿で一泊して方角を変え、あらためて朝に出発しなおす当時の習わしだ。

    たいがいは、近場の女ともだちの家に泊まった。


    「・・・はつかあまりふつか、和泉の国までと、平らかに願立つ」

    旅の無事を神様に祈願しているんだが、通過点の和泉の国までしかしていない。

    これは神様には、もともと「なわばり」があって、海の神・安産の神・受験の神と、

    用途に合わせて別々に祈願するという理由から。


    「藤原のときざね、船路なれど、むまのはなむけす(ゲラゲラ)」


    船旅で、馬に乗らないのに、馬の鼻向け(餞別)をしてくれた、というオヤジギャグ。

    これから沢山でてくるギャグにとらわれると、土佐日記の本質を見失うぞ。


    「・・・潮海のほとりにて、あざれあへり(ゲラゲラ)」


    「あざる」は掛詞で、「ふざける」と「腐る」の意味がある。

    「海のほとりで、(防腐剤の塩があるのに)腐って、ふざけあっている」と訳せばいい。


    短い冒頭の文だけでも、当時のしきたりや貴族の暮らしがよく分かる。

    古典を読むには、知識だけではダメで、想像力がものを言う。

    誰かが転勤するとなると、知らない人までやって来て大騒ぎする。


    上流貴族(大臣クラスと中納言まで)

    中流貴族(大弁・中弁・少弁と少納言まで) 読み方は各自工夫して読んでくれ。

    ちなみに中弁は「ちゅうべん」と読む。

    ココまでが「殿上の間」(でんじょうのま・天皇のリビングルーム)に入れる貴族だ。


    ついでに言っておくが『枕草子』を書いた「清少納言」の位は「少納言」ではない。

    「少納言をしている清さんの奥さん」という意味で「清・少納言」と呼ばれていただけだ。

    当時の女性の呼び名は、そんなものだった。


    下級貴族とは六位以下で、殿上の間に上がれない連中のこと。

    蔵人(くろうど)だけは、天皇の付き人係りなので、例外的に殿上人だが、

    「あやし」「いやし」「いふかいなし」の下衆の者といわれるのが、このクラス。

    これら身分の上中下すべての者が酔っ払って、じゃれあい、まことに見苦しい送別会をしたわけだ。

    まあ、古今東西の貴族(金と権力を持った俗人)は、みな似たような行動をする。


    ////////////////////////////////////////////////////////////////////////


    文法上のポイント

    助動詞には、ふたつの「なり」があって、よくテストで問われる。

    「男もすなる」・・・伝聞・推定の「なり」と、

    「してみむとてするなり」・・・断定の「なり」だ。

    見分け方は、上にある言葉でする。

    どちらもサ変動詞の「す」が上にあるけども、

    終止形の「す」の下には伝聞・推定の「なり」が来る。

    連体形の「する」の下には断定の「なり」が来る。

    覚え方は、「終・伝・ナリ」と「体・断・ナリ」と暗記すればいい。

    ただし、ラ変動詞の連体形が上に来たときは例外で、

    伝聞・推定の「なり」になる事も、余裕があれば覚えておこう。


    //////////////////////////////////////////////////////////////////
    日記文学・平安 | コメント(3) | 2007/05/22(Tue) 23:28:03

    古今集の和歌あれこれ

     
    kuriyama_c20001.jpg


    //////////////////////////////////////////////////////////////////


    とりあえず、訳・鑑賞・解説してみよう。


    「世の中に 絶えて桜のなかりせば、春の心は のどけからまし。」 在原業平(ありわらのなりひら)


    (口語訳) 世の中に、まったく桜が無かったら、春の心は、のどかであったろうにね。

    (鑑賞) せっかく咲いた桜の花が、散ってしまうのが気がかりで、春の人の心は忙しない。
    いっそのこと、桜が全くなかったら、春はのどかだったのになぁ。
    と言いながら、春のいちばん気になる風物・桜の花を称えた歌。

    (解説) 作者の在原業平は、「昔、男ありけり~」で始まる『伊勢物語』の主人公ではな


    「えっ?」と思った人も多いだろうが、
    『伊勢物語』は業平とは無関係の創作だというのが古文研究の定説になっている。

    和歌の意味を考えるときは、一応「歌合・うたあわせ」をイメージしておいた方がいい。
    ほとんどの和歌は、単独で作られたものではなく、歌遊びの例会の席上で「前の人の歌」を受けて作っていく。
    だからこの和歌は、「桜の花が散ることに、心が落ち着かない」みたいな歌を受けて作ったものと想像できる。

    31音の中に「の」を4回も使った業平の本心は何だろう。
    桜が散っても「のどかな春」を強調したかったのかも知れない。

    (文法事項) 「せば~まし」・よく問われる反実仮想の表現。
    型どおり「もし~だったら~だったろうに」と訳してしまえばいい。


    「ひさかたの 光のどけき 春の日に、しず心なく 花の散るらん」 紀友則(きのとものり)


    (口語訳) 光がのどかな春の日に、(どうして)落ち着いた心もなく花は散っているのだろうか。

    (鑑賞) 春の、のどかな日差しの中で、どうして桜のは、はらはらと花びらをちらすのだろうか。

    (解説) これも「の」を4つ使っている。
    業平の歌と並べると、「の」x4効果をイメージできるだろうか?
    古今集で、ただ「花」と出てきたら「桜の花」、「花の香・匂い」なら「梅の花」と覚えてしまえばいい。

    (文法事項) 「ひさかたの」は、「光」にかかる枕詞。
    枕詞の見分け方は「無くても意味が通じる5文字のコトバ」でかまわない。
    枕詞は、訳さない。
    基本的に初句にある。
    いちいち覚える必要は無いぞ。感覚で判るようになってくる。

    「らん」は現在推量・連体形。
    表記は「らむ」なので、そのまま「RAMU」と発音するショウモナイ教師陣が多いが、
    マネしないように。


    「五月(さつき)待つ 花たちばなの 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする」(詠み人知らず)


    (口語訳) 五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔親しかった人の 袖の香りがする。

    (鑑賞) 上のとおり。名作ですね。
    誰もが「自分の気持ちを歌っている」と感じ入るるものを、名作と呼ぶ。

    (解説) 「詠み人知らず」とは、誰の歌か判らないの意味ではなく、「殿堂入り」の名作と考えた方がいい。
    「詠み人知らず」と評価される歌を詠むことは、今でも歌人の憧れである。

    アロマは、平安時代の常識で、焚き込めた香の匂いイコールその人のアイデンティティーでもあった。
    以前、家に行くと、いつも香を焚いて歓迎してくれた女性がいて、
    その時は「へぇ~」っていうカンジだけだったんだが、
    会えなくなってからは、同じ香りに出会うたび、胸がきゅーっとなる(;;)
    今でも、その香のにおいをかぐと彼女のことを思い出すのだから、この歌の想いはよくわかる。

    古典の解釈には5感を大いに働かせることが大切だ。


    「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども、風の音にぞ おどろかれぬる。」 藤原敏行(ふじわらのとしゆき)


    (口語訳) 秋が来たと、目にははっきりと見えないけれど、風の音で自然と気が付いた。

    (鑑賞) 夏の終わりを、風の音で、ついつい感じてしまった藤原敏行だ。
    この歌の要は、結句の「おどろかれぬる」。
    「おどろく」は「はっと気づく」の意。
    「れ」は、ここでは自発の意味になるので、「自然に」トカ「ついつい~」と訳さないと点を取れない。

    この和歌を昭和風散文詩に展開すれば「ちいさい秋みつけた」という童謡が出来たりする。

    (解説) 古今集をひと言でいうと「季節の細やかな移り変わりを和歌で表現したもの」と言える。
    恋の歌よりも、季節や自然に重きがある。

    「古今集の特徴・技巧的、優雅、理知、観念、たおやめぶり」と覚えても、
    テストでゴミのような点数を取ること以外には役に立たないだろう。
    古今集の通読すらした事のないベテラン教師連中が、講義をし、
    テスト問題を作っている(コピペしている)教育界・受験産業界の現実を、
    若い君たちは、ゆめゆめ忘れてはならない。

    だから、自主学習なしに、国語力が身につく訳がない。
    文学作品は、もっと、自分の感覚を信じて、ストレートに受け止めた方が面白いし、後から役に立つ。
    初めは間違った解釈をしていても、やがて正しい解釈が出来るようになる。
    その方が、結局は自分のためになるんだ。

    (文法事項) 「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4種がある。
    「自発」の見分け方はカンタンだ。
    「心情表現」が一緒にあったら、自発にとればいい。
    ここでは「おどろく」が心情語。

    係り結びは、4句目の「ぞ」を受けて結句が「ぬる」という連体形になっている。


    「きりぎりす いたくな鳴きそ。秋の夜の ながき思いは 我ぞまされる。」 藤原忠房(ふじわらのただふさ)


    (口語訳) こおろぎさん、そんなに鳴かないで。秋の夜の、長い嘆きは私の方が深いのだから。

    (鑑賞) 秋の夜長に、好きな人のことを思っている。
    話したい・・・あなたは今、何をしてるの?
    そばにいたい・・・あなたは今、誰と一緒にいるの?
    悲しんでいるうちに虫の声も小さくなった。もう夜明けが近いよ。

    スピードの名曲「熱帯夜」の男性バージョンだね。
    こっちの方が1000年前なんだけど。

    (解説) 2句切れのほかは特になし。わかりやすい歌だ。

    (文法事項) 2句目「な鳴きそ」は「な~そ」で、「~するな」の意味になる。
    訳は、そのまま「鳴くな」とすればいい。

    「な~そ」や「せば~まし」の「な」・「せば」などを「呼応の副詞」と呼ぶ。
    入試必修項目事項なので、絶対忘れないように。


    「花の色は うつりにけりな。いたずらに わが身世にふる ながめせし間に。」 小野小町


    (口語訳) 花の美しさは、あせてしまったなぁ。
    むなしい長雨が降り続いていた間に、恋愛にかまけてもの思いに耽っているうちに。」

    (鑑賞) 花の色=女性の美貌・作者のいちばんキレイだった時
    むなしい長雨は、実らなかった恋とも、つまらなかった男との恋とも取れる。

    (解説) 4句目の「ふる」は「経る」と「降る」の、結句の「ながめ」が「眺め」と「長雨」の掛詞。
    同時に、「降る」と「長雨」が縁語になっている。

    この歌を引き合いに出して「古今集は技巧的でうんぬん」と解説されることが多いが、
    小野小町は、技巧を振りかざしたくてこの歌を詠んだのではあるまい。


    (文法事項) 掛詞が入ってきた時の訳し方は、両方とも分かるように訳さなくてはならない。
    「一人で、どんべえ、すすり泣き」という文でも、
    「ひとりで、どんべいを啜りながら、すすり泣きをする」と、いちいち訳さなくてはならない。
    古文の掟みたいなものだから、割りきった方がいいぞ。

     
    日記文学・平安 | コメント(2) | 2007/05/16(Wed) 20:49:22

    古今集と紀貫之  

    ////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

    kuriyama_c30006.jpg


    古今集・かな文学に生涯を捧げた紀貫之


    女性が平安の文学を支えたと書いたが、

    その源動力になったのは、紀貫之の「かな文字大運動」だった。

    日本語の恩人である。


    最近ようやくテキストが学校で使われるテキストにも、万葉がなが載るようになったので

    知っている人も多くなった。

    暴走族が使う「死苦夜露」のような「当て字」が万葉仮名だ~(爆)

    当時の日本語には、文字がなかったので、中国文字を使っていた。

    だから、「万葉集」は、唐風文化であり、国風文化ではない。


    「ひらがな」とは、この中国文字を崩して簡単にしたもので、

    「女の使うレベルの低い、卑しい文字」とされてきた。

    日本社会では江戸時代の終わりまで「学問」といえば、漢学・漢文学のことだったのである。


    ところが紀貫之は、「ひらがな」が素晴らしいものに思えてしょうがなかった。

    和歌を「ひらがな」で書いたら、日本独自のものが出来るにちがいない。

    日記を「ひらがな」で表現すれば、世界がどんどん広がっていくにちがいない。


    貫之は、画期的な前衛文学日記を、ひらがなで書いた。

    それが「土佐日記」だが、その話は、あとで書く。


    「古今集」は、天皇の命令で作られた和歌集である。

    勅撰和歌集の「勅」とは、天皇の命令のことだ。

    史上初の勅撰和歌集を、編集長であった紀貫之は、ひらがなで作ってしまう。

    想像を絶した労苦が幾つもあったにちがいない。


    だから「古今集」には序文が2種類ある

    通称、真名序と仮名序。真名序は、漢文の序文だ。

    仮名序は、もちろん貫之が書いた。

    たいへんな名文なので、中高生の皆には是非読んで欲しい。


    「古今集」は、微妙な四季の移り変わりを楽しむように、歌が配列されているんだ。



    //////////////////////////////////////////////////////////////////


    日記文学・平安 | コメント(0) | 2007/05/16(Wed) 20:47:31
    08 | 2017/09 | 10
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30

    無料 アクセス解析RMT

    プロフィール

    Anne-Grand

    Author:Anne-Grand
       
    ネットには大した学習サイトなんかないぞ(ココのことだ)

    ゆっくりしか更新できないんで、テスト前は図書館に行って調べよう
     

    最近の記事

    最近のコメント

    最近のトラックバック

    月別アーカイブ

    カテゴリー

    ブロとも申請フォーム

    ブログ内検索

    RSSフィード

    リンク

    アフィリエイト

    FREE

    FREE

    FREE

    INFORMATIONS

    管理者ページ
    RSS1.0

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  • e_04.gif banner_02.gif 人気ブログランキング【ブログの殿堂】 ブログランキング 有名ブログ☆ランキングへ

    ランキングオンライン