
さて、垓下に立てこもった項羽たちは、周囲を漢軍と諸侯の軍に取り囲まれている。
前方の韓信の30万軍をはじめ、中央には劉邦の軍がいて、どうにもならない。
夜、四方を囲む漢軍の陣営から歌声が聞こえてきた。
漢の国の軍隊なのに、みな楚の国の歌を歌っている。
これは、項羽の国である「楚」の国の人間の多くが寝返って漢軍についたことを意味する。
「四面楚歌」を聴き、項羽は敗北を意識した。
これも張良の戦略と言われている。
その夜、項羽は、最後の酒盛りで、
愛馬「騅(すい)」と、愛人「虞(ぐ)」にエレジー(哀歌)を捧げたあと、
暗闇の中、包囲網を突き破って馬で駆ける。
従ったのは800騎の兵たち。
進路を東にとり、東城についた。
追っ手と戦って騎兵は減り、
この時すでに、28騎しか残っていなかった。
追っ手の漢軍は、数千騎。
川の渡し場に船を用意している者がいた。
「どうか大王様、急いでお渡りください。いま、私だけが船を持っています。
漢軍がやって来ても、渡る方法はありません。」
項羽は、笑って答えた。
「天が私を滅ぼそうとしているのに、どうしてそれに逆らって渡ろうか。」
項羽は、その男に愛馬を託すと、兵を下馬させ短剣での接近戦をさせた。

項羽ひとりで、数百人を仕留めたが、自らも十数ヶ所の傷をおった。
振り返ると、敵の騎兵隊長の呂馬童(りょばどう)がいた。
「おまえは、私の幼なじみではないか!」
呂馬童は顔をそむけると、
「ここに項羽がいたぞ。」と傍らに告げた。
項羽は観念した。
「私の首には、莫大な賞金がかかっているそうだな。
おまえに、恩恵を施してやろう。」
そう言うと、項羽は自ら首をかき切って、自決した。
教科書の文は、ここで終わっていると思うが、その続きはこうだ。
漢軍の騎馬兵たちは、項羽の死体に群がり、亡骸の奪いあいをする。
同士討ちで十数人の死者がでた。
項羽の亡骸は、5つに引き裂かれ、それを手にした呂馬童たち5人は、
「楚」の国を5分割して与えられ、諸侯になった。
5つの肢体を合わせると、項羽のそれに間違いなかった。
・・・これが司馬遷の『史記』の記述だ。
すごいだろう。

*句法のポイント*
1・「我なんぞ渡ることをなさん」 どうして江を渡ろうか・反語
2・「縦ひ彼言はずとも、籍 独り心に愧ぢざらんや」
もし彼らが口にしなくても、どうして私は心に恥じずにいられようか・仮定+反語
3・「すなわち騎をして、皆馬を下りて歩行せしめ」
そこで、騎兵を皆、馬から下りてあるかせ・使役
*使役はテストで特に狙われる。送り仮名は、必ず「〜しめ」とか「〜しむ」にしないと点にならないので注意だ。
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